ポジティブに

‪金土日いろいろ心が疲れることあったけど昨日はまあまあ効率よく過ごしてゲーセンいってまわりが外国人とカップルの中ボッチでufoキャッチャーやってすごいお金使ってしまって恥ずかしいしイライラするしもう怒って帰ろうと思って店出たけどもっかい戻って頑張って取れてすごい嬉しかったです。欲しいキーホルダーだったのでよかったです。‬

いきのびました

一年なんだかんだ生きてました

今思えば去年とかその前はなんかいろいろとダメだったけど.ダメなのは変わっていないけどそれを認知するようになって人と話すようになったらリハビリになったかなと.

前はもう自殺しようと思ってたり血液検査とかさせられたけどなんだかな意味なかったな.

あと,他人のそのとき一番つらいことは自分の一番つらいことと比較してはいけない.

来年どうしよう…

いちばんふるい

死にたいと思った記憶。多分小学校入学かそれよりも前、父親が半分無理矢理な形で地元のボーイスカウトに自分を入団させたんだけど。野外の活動は全然好きじゃないんだけど細かい作業とかもあって好きでも嫌いでもなくやってた。ちょっとしたら日本ジャンボラリー大会が富士かどっかであってそれに参加した(でも今調べたらジャンボラリーへの参加資格はボーイ隊かベンチャー隊で当時自分はビーバー隊かカブ隊だよだから違う大会)。でそこにいくのにフリーマーケットで買ってもらったフワフワした財布にお小遣いを入れて持って行った。大会では各支部の隊が出店とかやっててご飯買ったりとかくじ引きとかできた。そんでその終盤で財布を落とした。終盤だったんで特に買うものとかもなくて財布には数百円しか入ってなかったと思う。たしか五十円玉と十円玉だけ。帰って、財布どうした?って言われて落としたっぽいと言ったら死ぬほど怒られた。そんで子供ながらもう死にたいと思った。なんでそんなに怒るの?

これを書いてて思い出したけど、これと同時期かもっと古い記憶として忘れてたのを思い出した。ハッピーセットのおまけのイルカのぬいぐるみを気に入っていつも持ってた。兄弟が大学病院に行くとかでおれも連れて行かれることになったんだけど、家を出るときにポッケにあったイルカのぬいぐるみが駅までの道でなくなってることに気づいた。診察キャンセルして道とかを探しまくったけど見つからずに1日終わった。次の日に夕飯を待ってるときに喪失感から全てどうでもよくなってテーブルに置いてあった鍋の肉のパックの発泡スチロールを食べた。したら母親が救急車呼んでめっちゃ怒られてもっと死にたくなった。4歳くらいだったかな。

特にオチもない話。死にたいと思った出来事の中で一番古い記憶の話。

土器はじめました

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DOKI

はじめに縄文土器みたいにニョロニョロを重ねあげて丸い器を作りました。

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表面の荒削り感。郷土資料館とかの土器っぽい感じもするが、もっとスムージングすればよかったと思う。作ってる過程の写真も欲しかったけど、作り途中の手ではカメラもスマホもPCも触れない。

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こっちは自信作。四角い器に挑戦。一作目の反省を踏まえて試行錯誤を重ねた。こっちはまだ乾燥が進んでいない。

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しっかり表面のスムージングも。指に水をつけてスーッとするとキレイになる。

 

一週間弱乾燥させ、次は焼成。オーブンが温度調整できるタイプではないのでハックする必要がある。ちょうどいいので、粘土を焼いたあとはハンダリフロー炉として使えるようにしてみたい。

 

思い描く形をそのまま造形することの難しさと、楽しさを思い出した気がする。粘土ってこねてるだけで楽しくなってニヤニヤしてしまうので、心がしんどくなってしまったときは一度全て忘れて粘土を触るのもいい。ずっと土器を作ってみたいといっていたので、ついに手を出すことができた。まだ粘土は余ってるので次は何を作ろう?

 

たまにはこういうのもいいな。

時間

溶けてます。溶かしてます。

あ、、、、1月ってもう終わってたのね。

しょうらいのゆめ

まだちいさかったころ、テレビでやってた「つくってあそぼ」が好きで工作をいっぱいするようになった。
思い出してみれば、物心ついて一番はじめの将来の夢みたいなのはワクワクさんになることだった。
でもわくわくさんになるのも、ワクワクさんであり続けることも、簡単じゃないんだなあと思う。
ワクワクさんありがとう。

ホントに自分は言い訳ばっかりしてる人間だなと。

それだけ。それでどうこうはしない。こちらからは以上です